2023.03.28 UP

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kippisブランドディレクター 根本の北欧トーク

vol.3おしゃべり相手:
北海道東川町のみなさん

kippisブランドディレクター 根本の北欧トーク  vol.3 おしゃべり相手:北海道東川町のみなさん

北欧を知る人や北欧的な価値観を持つ人にお話を伺うこちらの連載。今回は、北海道・東川町のみなさんです。
kippisが行う子育てボックス「kippis BABY BOX」は、北海道・東川町で赤ちゃんが生まれた家庭を対象として、無事2年目を迎えることになりました。
東川町は、1994年から2022年の間で人口が約20%増、子どもは1.6倍に増加という、移住促進政策が大きな成果を上げている町です。
そんな東川町の魅力を深堀りするべく、職員さんや住民の方、町長とおしゃべりしてきました。

リアルであたたかい子育て政策。
きめ細かい視点があるということ

東川町で子育てをしている人に話を聞くと、子育てしやすい町というだけでなく、町からの子どもを大切にする「気持ちが伝わる町」という感想が出てきます。
そんな稀有な行政施策を可能にしている東川町役場の人達は、いったいどんな人達なのか。
それぞれの思いを聞きたくて、東川町役場の佐々木英樹保健福祉課課長と、中村あさ子保健福祉課社会福祉室長、若松友香主事に話をお聞きしました。

東川町役場・佐々木英樹 保健福祉課課長
東川町役場・佐々木英樹 保健福祉課課長
東川町役場・中村あさ子 保健福祉課社会福祉室長
東川町役場・中村あさ子 保健福祉課社会福祉室長

東川は、「君の椅子」や妊産婦を対象にしたお掃除代行サービスなどの他、ママに魅力的な政策が目白押しなんですが、昨年できた「昼食宅配サービス」が評判がいいと聞きました。どんなサービスなんですか?

中村さん(以下敬称略)「産前産後のママとその家族を対象に、町内の2件のカフェのランチを宅配しているんです。1年間有効の2万円分のクーポンがあるので、それがなくなるまで使えます。役場が窓口になってやっています」

え? 役場がですか?ウーバーみたいに?

若松「そうなんですけど、私たちは電話で注文を受けています。まず、町民の方から役場に電話がかかってきて、注文を受けて、それぞれのカフェに役場の職員が注文するところまでやっています。宅配は業者さんに委託しています」

すごい! どうしてこの制度を作ったんですか?

佐々木「おととし、東川の町民の半分以上が移住者だということが調査で分かったんですね。それと同時にコロナで、お母さんたちが孤独だという話があって。それでこの状態を解消するサービスを考えようということで、試験的に始めました」

中村「窓口を役場にしたのは、町民の方が直接役場とつながるきっかけになってほしかったんです。子育てが大変、助けってって声を出せなかった人もこのサービスを使うことによって福祉課に気軽に連絡できるようになってほしくて。連絡方法もあくまで電話にしたんですね」

孤独に子育てしているときに、電話できる相手がいるっていうだけでもいいですよね。

若松「実際、私たちも初めて話しをする人ばかりで、町民の方と直接つながれた感覚がありました」

中村「役場への心理的な壁みたいなものを取り払いたかったので、やってよかったなって。住民の方のアンケートでも、いい反応ばかりでした」

福祉課の方になじみができたら、ランチ以外の話もしやすくなりますもんね。でも役場の職員の方が、どうしてこんなことを思いつけるのだろうと思うんですが、中村さんご自身はママなんですか?

中村「そうです」

ご自身の子育て体験というのは、今役場の職員という立場で役立っていますか?

中村「いえ、逆に私は両親や夫からもサポートを受けられていたので、特に移住者の方の孤立した状況は実体験では分からなかったんです。自分の経験で考えるのではなく、住民の方の声を聞くことを基本的に大切にしています」

佐々木「職員は皆、まずは『ノーは言うな』と言われておりまして。まずは町民から要望があったら、すぐにできません、ではなく、自分の身に置きかえて考えなさいって。お金がない、前例がない、他でやってない、はダメだと。だいたいの場合は町民の方はそこまで無理なことは言ってないわけですから」

でも営利目的の民間企業ではないし、どうしても叶えられない要望もありませんか?

佐々木「住民から要望を聞いたときに、そっちの視点があったのかと、気づかされることはありますね。昼食宅配にしても、担い手の問題もあって今の形になっていますけど、町民の方からしたら、店舗を増やしてほしいとか、土日もやってほしいとか、要望が出てきますよね」

東川は先進的なことをやっているだけに、役場への要望も他の自治体では経験していないレベルなんでしょうね。

中村「そうですね。ただ、キッピスさんとの活動を通しても最近思うのですが、子どもの悲惨な事件とか虐待等があったときに、自分たちがそこの家庭につながれていなかったら、それが本当に悔しいと思うんですよね。町民の方と直接つながるっていうところが重要。その意義があるから、この宅配サービスもやっています。なので、オプション的なサービスを充実させるというような方向性ではなく、支援が届くべきところ、足りていないところがないように、しっかりと各家庭とつながりを作っていくことが大切なんだと思っています」

東川に住む渡辺翔太さん、華奈さんご夫婦と赤ちゃん
東川に住む渡辺翔太さん、華奈さんご夫婦と赤ちゃん。親族も近くに住んでいること、東川の子育て政策もあって、現状子育ての不安は「正直特にないんです」。この余裕こそ、東川の子育てなのかも。東川に昨年できた、建築家・隈研吾氏によるサテライトオフィス「KAGUの家」にて。
哺乳瓶、おむつ、ベビー用のボディシャンプーなどが入ったkippisベビーボックス
哺乳瓶、おむつ、ベビー用のボディシャンプーなどが入ったkippisベビーボックス。東川では、役場に出生届けを出しに行くともらえるシステムになっているそう。華奈さんは、母子手帳ケースを特に便利につかっているとか。
東川役場・若松友香主事
東川役場・若松友香主事

東川が重視する「子育てのためのデザイン」とは

そして、東川の子育てを特徴づけるのは、学校や各種施設など、子どもの居場所の「デザイン」です。そして、そこに置かれた家具は全国的にも人気の町内の家具工房で作られたもの。質の高い「子どもの居場所」が町のあちこちに見られます。なかでもさまざまな建築の賞を獲得してきた「東川小学校・地域交流センター」の設立時(2013年竣工)を、当時の担当職員金山裕之さんに話をうかがいました。

東川小学校・北側外観
東川小学校・北側外観

東川小学校、すごい建物ですよね。

金山「一大プロジェクトでした。元々東川小学校は、別の場所にあったんですが、老朽化していて、建て替えということになったんです。場所は隣接した土地に元々幼児センターがあったのもあって、この旭岳が見える場所にしようと。これだけ大きな建物なので、北海道大学の小篠隆生先生にもリーダーとして入っていただきながら、町民の方や先生達、教育委員会などの意見をとりまとめていきました。そして、この土地にふさわしいのは2階建てじゃなくて平屋だろうと」

平屋っていうのが、まず東京ではありえないです。

金山「東京に高さ270mのビルはあっても、横に270mの建物はないですよね。東川小学校は幅270mの、ワンフロアの建物です。学校は子どもたちの未来を作るところ。子どもに投資だというのが合言葉でした。当時学童保育の施設も別にあったのですが、かなり老朽化していて狭い施設だったので、それも広くして併設しましょうと。」

(左)各教室には壁はなく、移動もできるロッカー等で仕切られているのみ (右)廊下の共有ワークスペースで作業する子どもたち
(左)各教室には壁はなく、移動もできるロッカー等で仕切られているのみ。建築計画中に争点となった廊下からの雑音に関しては、天井に吸音材を用いて解消した。(右)廊下の共有ワークスペースで作業する子どもたち。

教室に壁がないのもびっくりしました。

金山「まさに教室の壁をどうするかが問題でした。学校の先生達は、教室には壁が必要だと。壁のない教室の意義を理解してもらうのに相当時間がかかりました」

小学校に入ると、いじめの問題も出てくるし、そこまで至らなくても子ども同士の小競り合いみたいなことが日常になってきますよね。壁がないことで、四方から目がいくのがいいと思うんですよね。

金山「僕も壁がない教室について調べていた過程で、いじめは目の届かないことろでおこるというのを知って。隅角部(部屋の四隅の部分)で起こる。だから壁がない教室ではいじめが激減するというのを知ったんです」

建築が子どもの行動に影響するんですね。でも先生達は壁がないとやっぱりやりづらいんですかね?

金山「先生達が反対していた理由は、廊下からの音が授業の妨げになる。視線が気になるということだったんです。ところが実際授業がはじまると、子ども達はそんなのおかまいなしで集中してるんです。大人の余計な心配だったんだなと思いました」

学校のあちこちに置かれている家具や美術品も本格的ですよね。

金山「やっぱり東川って家具の町だし、東川の家具をいろいろな公共施設に置くことで本物に実際触れて、東川にはこういう技量をもった人がいっぱいいるんだってことを伝える。それに触れた人が宣伝媒体にもなってくれるわけです。それと、文化的なアート作品を置こうという町長の方針もあって、安田侃さんの彫刻なども置いています。」

意心帰
さまざまなアート作品が展示される校内。世界で活躍する北海道出身の彫刻家・安田侃氏作のオブジェ「意心帰」(右下)は、子どもが触ったり、よじ登ったりしてもいいそう。
東川小学校建築当時の担当職員 金山裕之さん
東川小学校建築当時の担当職員 金山裕之さん

「君の椅子」が象徴する、生まれてくれてありがとうの気持ち

東川では、誕生した子ども達に、職人が手作りした椅子を贈る「君の椅子」というプロジェクトが実施されています。これは、旭川大学大学院の地域政策ゼミの提案でスタートしたもので、このプロジェクトに自治体として最初に参加したのが東川町です。「生まれてくれてありがとう」「君の居場所はここにあるからね」というキャッチコピーを持つこのプロジェクト。毎年変わる椅子のデザインには、中村好文氏、大竹伸朗氏、三谷龍二氏など名だたるアーティスト陣が参加し、制作は東川や旭川家具の工房が担っています。このプロジェクトのスタート当初を知る職員菅沼輝男さんに話を聞きました。

君の椅子

“君の椅子”はどのように始まったんですか?

菅沼「もともと旭川大学大学院の磯田憲一先生のゼミで、子どもの誕生を自治体がお祝いする方法はないのか、課題を出したんですね。当時別の町で、子どもが生まれると花火を打ち上げてお祝いするハッピーボーン花火というのがあって、花火以外で何かないかと。それで出てきたアイデアだったんです。磯田先生がたまたま松岡町長に、こういうアイデアがあるんだよと話したところ、その話に感銘を受けたというのがきっかけです。東川町にも家具を作っている工房が沢山あるし、制作を請け負えたら東川町内の工房の振興にもつながるだろうということで2006年から始まりました」

東川が乗ってこなかったら、スタートできなかったプロジェクトだったわけですね。その後17年続いていますが、どんな反響・感想がありますか?

菅沼「東川の場合は担当者と副町長が直接自宅に行って手渡しするんですが、ピンポンして、ドアを開けた瞬間、お母さんの目はすぐに椅子にいく。それだけ待ちに待っていると。椅子はまだなの?という電話が役場にくることもある。ごめんなさい、もう少し待ってくださいと謝る。それだけ楽しみにしているわけですね」

素敵な椅子ですし、町をあげて祝ってくれる感じが嬉しいですよね。

菅沼「君の椅子には、ちゃんと裏にその子の名前とシリアルナンバーが入っているんです。本当に君だけの椅子なんだよという世界にひとつだけの椅子。その椅子に込められたのは親と地域からの生まれてくれてありがとうという思い、子どもの居場所の象徴なんです」

「君の椅子」スタート時の担当職員、菅沼輝男さん
「君の椅子」スタート時の担当職員、菅沼輝男さん

「失敗なんてないんです。それは経験であり、学びなんです」
松岡町長のスーパーポジティブ力

ここまで話を聞いてきた東川の子育てにまつわる担当者が共通して口にしていたのが、2003年から20年にわたって東川の町長を務め、この春勇退する松岡町長のこと。「お金がない、前例がない、他でやってないの『3ない』は言わない」、を代表として、さまざまな名言が心に刻まれている職員の方が多かったのが印象的でした。この東川最大のキーマンに、あれこれ聞いてきました。

日本の数々の自治体が人口増加政策を打ち出していると思うのですが、東川はなんでこんなにうまくいったのでしょうか?

松岡「東川は、旭川空港に近いし、総合病院も近いし、そういう面では暮らすのには便利なんですよ。でも国道がない、鉄道がない、上水道がないという3つ『道』がないわけです。普通だったらそれはマイナス面でしかないけど、逆にそれらがないことで、きれいな地下水で生活できたり、空気がきれいだとか、自然が豊かだということを、ポジティブにとらえて、アピールしてきたんですよ。それでいろんな人が入ってきてくれる。ぐるぐる回してくれる。それぞれの人がいろいろな場所で発信してくれる」

でもいくらポジティブにいろいろな施策を実行しても、失敗することだってあるわけですよね。そんなときはどうしてきたんですか?

松岡「失敗なんてないんです。やった結果思ったようにならなくても、それは経験で、学びなわけです。一回で終わるならそれは失敗したということになるけども、何かをするということは、第一歩を踏み出すことなので、それは思ったとおりにはいかなくて当然ですよ。でもその過程で得た学びを踏まえて次はこういう風にやりましょうってことになるわけです、失敗することがまた次の力になるじゃないですか」

すごいポジティブ! 勇気が湧いてきます。あと、東川の特徴というと君の椅子などをはじめ、デザイン重視の政策を実施されてきたと思うのですが、それはどうしてですか?

松岡「行政の基本は、“思い”と“思いやり”です。アートというのは思いであり、デザインというのは思いやりです。町長、今なんでこんなことやるの? これは不必要じゃないの?とよく言われてきましたよ。だけど何十年か経ったときに評価されるようなもの、これは必要だと思ったら、やらなきゃいけないと思うんですよ。デザインというのは今の親の視線とか子どもの視線に立って、今大切なことをどう展開していくかを考えた先にあるものなんです」

デザインは、思いやりなんですね…(感動)。そして、今回職員さんたちにお話を伺ってきたのですが、みなさんご自身でアイデアを考えてやっている感じがありました。
職員さんからのアイデアがどんどん出てくる環境を作るコツは?

松岡「それはこちらから言って、出させてますよ。何も言わなかったら出てこないんだもん! あるのよ、秘めてるけど出さないこと。でも職員だけだと頭でっかちな政策になってしまうから、町民さんからの声も聴いて、練り上げてもらって。こんなのをやりたいと言われたら、ダメというんじゃなくて、やってみるかと。大体いつも隠してるのよ、カバンに隠して出さないのはおかしいでしょ。ははは。出せばいいんだよね」

(笑)アイデアを出しやすい環境を作ってきたんですね。そして最後に、20年町長をされてきて、この3月末で勇退となりますがどんな思いがありますか?

松岡「20年町長をやってきて、人口を確保するとか若い人を町に呼びこむには3つのKが重要なんだと分かったんです。子どもに良い。教育に良い。健康に良い。この3つ。まずは、この3つに力を注いで、その先に他と違ったPRの仕方や訴えることが重要かなと。これからも3Kというのは暮らしの基本なので、しっかりやってくださいよ、と思っています」

と最後は、周りにいる職員への引継ぎの言葉で締めた松岡町長。完全なる陽のキャラクターでポジティブに人を巻き込み、東川を引っぱってきた、そんな雰囲気が垣間見えるインタビューになりました。

東川町・松岡市郎町長
東川町・松岡市郎町長
「キッピスさんの子育てボックス、ずっとやってね!」とメッセージいただきました。町長、承知しました!
「キッピスさんの子育てボックス、ずっとやってね!」とメッセージいただきました。町長、承知しました!
北海道・東川町

北海道・東川町 「大雪山旭岳」の大自然が蓄えた雪解け水が、長い年月をかけて地中深くにしみこみ、ゆっくりと東川町に運ばれてくる天然水を生活用水にしているという、全国的にも珍しい、北海道でも唯一の「上水道が無い」自然豊かな町。
ユニークな子育て政策でも知られ、近年では東川の大学生対象に返還不要の奨学金制度も拡充された。

取材・文/根本江利子(kippisブランドディレクター)
撮影/清水エリ、写真文化首都「写真の町」東川町